目次
◎誰かと味わう一本のボトルワイン
『サイドウェイズ』
「お酒に合う映画、映画に合うお酒を教えてくれませんか?」
と声をかけてもらったのは、今年の4月のことでした。
お酒に合うおつまみや料理を考えるように、ワイン飲むならあの映画、焼酎だったらこの映画、あの映画観るなら日本酒かな、と子供たちが寝静まったあとで、妻と2人で話す時間はとても楽しく、ついつい夜更かししてしまうこともありました。
あ、はじめまして。岡田六平です。飲み屋で「酒」と注文すると何も聞かずに芋焼酎が出てくる土地・鹿児島。そこにある騎射場という街で、家族経営のちいさな居酒屋『ペンギン酒店』を営んでいます。ろくちゃんって呼んでもらうと喜びます。
最初のコラムの締め切りが10月。秋→新酒→ボジョレーヌーボーが出てくる時期。というわけで、今回はワインに合う映画のお話にしました。
ワインに合う映画って何があったかなと思った時に、ぼくが昔銀座1丁目で働いていたちいさなワイン居酒屋『ポンデュガール』のことを思い出しました。
そこで働いていた時期によく観ていた『サイドウェイ』[原題:Sideways](2004)というアメリカ映画。この映画には、美味しそうにワインを飲むシーンがたくさん出てきます。
そしてこの映画は2009年に日本でリメイクされてます。タイトルは『サイドウェイズ』(2009)。主演の4人は小日向文世さん、生瀬勝久さん、菊地凛子さん、鈴木京香さん。このキャストが並んだだけで映画観てみたくなりませんか?
アメリカのワインと言えばカリフォルニアワイン。この二つの作品は、男ふたりが実在するワイナリーを旅して、カリフォルニアワインを飲みまくるというストーリーですが、オリジナル版と日本版では旅するエリアが全く違う場所に設定されています。
オリジナル版だとロサンゼルスから約200km郊外、サンタバーバラのあたりなのに対して、日本版だとロサンゼルスからサンフランシスコ郊外のナパ・ヴァレーまで、650kmものロングドライブ(東京—大阪がだいたい500km)をすることになってます。映画の中で運転していた小日向さんも、さすがにおしりが痛くなるし、アクセル踏んでる右足がつりそうになったでしょう。
日本版の舞台をナパ・ヴァレーに変更したのは、カリフォルニアのワイナリーを巡るツアーでは、ほとんどの日本人がナパ・ヴァレーを選ぶほど知名度が高いというのが理由だと思います。
まあ、とりあえず監督は、この映画で取り上げれば、そのワイナリーのワインは日本で売れること間違いなし。と、各ワイナリーへ映画撮影への協力を求めにいきました。
普通は喜んで引き受けると思いますよね?
でも結局、日本版の撮影はナパ・ヴァレーのワイナリーが全然協力してくれず、めちゃくちゃ大変だったと監督が完成試写会で語っています。
実はナパ・ヴァレーのワイナリー、オリジナル版に出てくるあるセリフにめちゃくちゃ怒ってたんです。
かれらを怒らせた原因となったのが、オリジナル版主人公のセリフ、
I’m not drinking any fucking Merlot.
「絶対にメルローなんか飲まねーぞ!」という感じでしょうか。
ナパ・ヴァレーで一生懸命、メルローのワイン作ってる人たちからしたらとんでもないセリフだと思います。
主人公はピノ・ノワールというぶどう品種が好きで、それ以外、特にメルローを嫌っているという設定。 そしてこのセリフに共感するワイン好き、ピノ・ノワール好きな人たちが一定数いることもまた事実だと思います。
この主人公、ピノ・ノワールは繊細なんだ……とまるで自分のことのように語っています。ワインの世界ではピノ・ノワールが好きになってこそワイン通、みたいなことも語られてたりします。
結果としてオリジナル版はアカデミー賞とゴールデングローブ賞を受賞しました。その影響は大きく、カリフォルニアのピノ・ノワールは大きく売上を伸ばし、メルローは売上を落としました。
オリジナル版には、アクの強い4人のキャストがそれぞれ生々しい感情をぶつけあい、飲酒運転も気にせずレアものスパークリングワインを飲んだり、ラッパ飲みしながらワイン畑にダッシュして空ビンを放り投げたり、大切にセラーに保管していた最高級ボルドーワイン『シャトー・シュヴァル・ブラン』(こないだ酒屋さんで同じワイン見たら10万円を超えていました)をヤケになってファーストフードの紙コップで飲み干したりと、かなり激しめのワインを飲むシーンが出てきます。
日本版にもいくつかオリジナル版を真似た激しめのシーンもあります。
でも全体的には非常に穏やかで、特にカリフォルニアの空気の中、レストランやホームパーティー、ぶどう畑のガーデンテーブルでワインを飲むシーンでは
「いいなー。自分たちもここでこんなふうにワインを飲んでみたいなー」
と素直に思わせてくれます。
前述したオリジナル版のような物議を醸すようなセリフはありません。
ただ日本版のなかでひとつ、心に残ったセリフがあります。
何を飲むかなんて重要じゃない、
誰と飲むかが大切なんだ
オリジナル版にはなかったセリフですが、人生における真実のひとつだと思います。
覚えておいて損はないと思いますし、ここぞという時には思いきって使ってみてはいかがでしょうか?
ペンギン酒店でも「ワインの選び方がわからないんだけど、ろくちゃんのおすすめは何?」とお客さんから聞かれることも多いのですが、
「ワインは何を飲むかではなくて、誰と飲むかが大切なんですよ」
と言って、毎回話を“横道”にそらすことにしています。
それではまた次回お会いしましょう。
◎『サイドウェイズ』をツマミに
飲みたいおすすめワイン
●カリフォルニアワインのピノ・ノワールとメルローを1本ずつ
この映画に合わせておすすめしたいのは「近所の酒屋さんで2000円台のカリフォルニアワインでメルローとピノノワールを1本ずつ買って、それらを飲みくらべながら、オリジナル版と日本版をそれぞれ観て比べてみるプラン」です。
もっと高いワインのほうがいいのでは? と思うかもしれませんが、高価なワインには熟成期間が必要なものも多いです。高いワインも試してみたい場合はお店の人に「飲み頃かどうか」と聞いてみた方がいいかもしれません。
ちなみに今回ぼくが近所の酒屋さんで買ったカリフォルニアワインは、サンタバーバラのピノ・ノワール(税抜2810円)と、ナパヴァレーのメルロー(税抜2050円)です。
映画を観ながらゆっくり飲みくらべて、残りは1週間くらいかけて少しずつ楽しみました。
- 価値観の対立と調和について、お酒を飲みつつ考える。 『エイブのキッチンストーリー』で味わう家飲み時間
- イチゴとシャンパーニュの相性を確認しつつ、映画『プリティ・ウーマン』を味わう家飲み時間
- カリブ海で生まれたラムを飲みながら、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』で味わう家飲み時間
- やっぱり日本のビールがいちばん好きな人へ。映画『サマーウォーズ』で味わう家飲み時間
- 世界を自由でおもしろくしてくれた立役者のジンと「シャネルN°5」。 映画『ココ・シャネル』で味わう家飲み時間
- 熟成がもたらす魅力とはなにか。 映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』で味わう家飲み時間
- 酒飲みのために作られた(!?)カンフー映画、『酔拳』で味わう家飲み時間
- 次の瞬間に驚きがある、だから楽しくてしかたない。『ハングオーバー!』で味わう家飲み時間
- ブレンデッドウイスキーを、映画『グリーンブック』で味わう家飲み時間
- 前割りした芋焼酎を、映画『六月燈の三姉妹』で味わう家飲み時間
- 自家製の梅酒を、映画『海街diary』で味わう家飲み時間
- 辛口の日本酒を、映画『男はつらいよ ぼくの伯父さん』で味わう家飲み時間
- カリフォルニアの赤ワインを、 映画『サイドウェイズ』で味わう家飲み時間