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◎ひとくちずつゆっくりと味わうウイスキー
『グリーンブック』
飲まなくたって会えるけど、そういうことじゃないんだよ。
2021年11月3日にサントリーが出した新聞広告の一節です。
誰かといっしょに飲むお酒の美味しさを感じさせてくれるステキな広告でした。
『グリーンブック』という映画の後半にウイスキーが出てくるシーンがあります。第91回アカデミー賞で作品賞を含む3部門を受賞した映画『グリーンブック』はジャマイカ系アメリカ人ミュージシャンのドン・シャーリーと、彼に雇われたイタリア系アメリカ人運転手トニー・リップがまだまだ人種差別が色濃く残るアメリカ南部をコンサートツアーで回るロードムービー。
アメリカ南部コンサートツアーの最終夜、ドンとトニーがバーカウンターではじめて一緒に飲んだウイスキー、カティサークは本当に美味しそうに見えました。
ウイスキーは蒸留酒のひとつで、木の樽に入れて熟成させることで色がついて味や香りもまろやかになっていきます。世界各地で作られていますが、スコットランド地方で作られているものをスコッチウイスキーといいます。
スコッチウイスキーにはモルト(大麦)ウイスキーとグレーン(穀物)ウイスキーがあります。一般にモルトウイスキーは風味が強く個性的、グレーンウイスキーの風味は軽く穏やかです。
それぞれ単体でも飲まれていますが、これらを数十種類ブレンドして作られるのがブレンデッドウイスキー。
様々なモルトウイスキーたちからくる個性的な香りや味わいが複雑に絡み合い、それを穏やかなグレーンウイスキーたちがまとめあげて、美しく調和したウイスキーになります。
スコッチウイスキー市場の実に9割を占めているブレンデッドウイスキー。
ちなみに現在の売上第1位はジョニーウォーカー、2位バランタイン、3位シーバスリーガル。どれも長く愛されているウイスキーの名品です。
この映画にドンのお気に入りとして出てくるカティサークはスコットランド産ブレンデッドウイスキーのひとつ。ちなみにアメリカではバーボンウイスキーが作られています。
カティサークが発売された当時、スコットランドでは色も味わいも香りも濃厚なウイスキーが定番でした。
そんな時代にあえて色が淡く味わいも香りもライトで飲みやすいウイスキーを作り、さらに自国ではなく禁酒法時代のアメリカに持ち込んだことでカティサークは一気にアメリカで大人気のスコッチウイスキーになりました。
ウイスキーの常識を変えて、新しい世界を切り開いたカティサーク。その名前のもとになったのはラベルに描かれている大航海時代に世界最速の帆船として有名になったカティサーク号でした。
ドンは旅の途中、毎晩ひとりでカティサークを飲み続けます。
黒人である自分を見つめる白人たちのまなざし。
白人の運転手を従えて旅をする自分を見つめる黒人たちのまなざし。
クラシック音楽を学びながら道を閉ざされて、新しい音楽の道へ進んだ自分。
結婚はうまくいかず、兄弟とも疎遠になり、同性愛者であることを隠す自分。
ひとりで落ち込んで、寂しさを紛らわせようと毎晩カティサークを1本ずつ飲み干していきます。さすがに飲みすぎですね。
白人社会への挑戦精神を表現したのがカティサークだ。というだけだと単に重たくなってしまいそうですが、この映画には思わず笑ってしまうような魅力的なエピソードもたくさん散りばめられています。
そして映画を通して流れているのは「友情がはぐくまれていく過程」。アメリカ南部に色濃く残る黒人差別のなかで、表向きは一流のミュージシャンとして扱われながら、レストランもトイレも「白人用だから」使わせてもらえない。そんな馬鹿げた常識を変えるための挑戦を続けていくドンと、映画の最初では黒人に対して差別的な態度をとっていたトニーが、ツアーのなかで少しずつ心を通わせていく様子がさまざまなエピソードのなかで描かれていきます。
ひとつひとつが個性的なモルトウイスキーたちをグレーンウイスキーがまとめあげて、ひとつのブレンデッドウイスキーを作るように、『グリーンブック』はひとつひとつの魅力的なエピソードが二人の友情を中心にまとめあげられてラストに向かってゆっくりと進んでいきます。
そして冒頭に紹介したカティサークを二人で飲むシーンのあとにやってくるのが、間違いなくこの映画が持つ最も魅力的な味わいと香りの部分です。
極上のブレンデッドウイスキーにも負けないような柔らかくあたたかな映画の余韻をラストまで楽しみながら、ウイスキーをひとくちずつゆっくりと味わってもらえたらうれしいです。
これぞ映画という感じですから。
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