目次
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
最近、手紙を書いていますか?
手紙は相手のことを考えながら書くので、素直な自分の気持ちが表れると言います。口では恥ずかしくて言えない想いも、手紙でなら、伝えられることがあるかもしれません。
誰かに手紙を書きたくなる映画
「年末は帰ってくるの?」
母親からの電話に、「こんな状況だから帰れない」と伝えました。
緊急事態宣言が発令されて外出自粛を余儀なくされた頃、毎日のように自宅で映画を観るようになりました。映画配信サイトを眺めながら、その日の気分に合わせ、話題の作品から、いつか観たいと思っていた作品まで片っ端から映画を観る日々。その中に、かつて劇場で観た懐かしい一本を見つけました。
それは、映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007年)です。リリー・フランキーの自伝的小説を映画化したこの作品は、九州で生まれ育ち東京でイラストレーターとして活躍するようになった主人公のボクと、女手一つでボクを育て上げたオカンとの思い出を、いくつもの回想を交えて描いた物語です。
その回想のひとつに、オカンが県外の高校に進学するボクを駅まで見送るシーンがあります。故郷を後にして列車に揺られるボクは、オカンから受け取ったお弁当の脇に挟まれた励ましの手紙を見つけて号泣してしまいます。その様子を劇場で観た僕は、知らないうちに涙腺が崩壊していました。
公開当時、関西の大学を卒業し、東京で働いていた20代半ばの僕は、仕事に楽しさを見いだせず、無気力な姿勢で失敗を繰り返すも何とかごまかし、愛想笑いばかりどんどん上手くなっていくばかりで、「俺、何やってるんだろう」「こんなことするために東京に来たのかな」と自問自答する毎日。母親から電話があると「東京の暮らしはめちゃくちゃ楽しい」なんて無理やり元気な声で話していたけど、通話が終わると急にさみしくなり、「もう東京の生活はダメかも」と思うようになっていました。
そんな弱気なタイミングでこの映画を観たものだから、駅で見送るオカンが自分の母親に見えて仕方なくなり、「おかーん! もう、実家帰りたいー!」と気持ちが爆発。突然プツンと糸が切れたように嗚咽していました。まだ映画の序盤なのに。
だらしない性格なうえ、きょうだいで一番成績が悪く、やたらとお金や世話がかかるのに感謝なんてまるでしない。10代の僕は両親に迷惑ばかりかけていました(今もかもしれませんが)。
本当にどうしようもない息子でしたが、なんとか大学進学が決まった僕は、親元を離れ、一人で暮らすことになりました。田舎から京都へ向かう列車に乗り込み、席に座り、ふと車窓に目をやると、遠くで大きく手を振る母親の姿が見えました。「恥ずかしいからやめてよ」と、さも自分の親ではないようにそっけない態度をしていたけど、その姿が窓から見えなくなった途端、ボロボロと涙が溢れてきました。列車に揺られる数時間、僕は母親との記憶をいくつも思い返し、目的地に着く頃にはさみしさと感謝の気持ちで一杯になっていました。 そんな気持ちを、この映画を観て思い出していた数日後、母親から送られた大量の野菜や米に紛れる、一通の手紙を見つけました。「東京の暮らしが楽しそうでよかった」と書かれたその文字を読み、「母親を失望させたくないよな」「やっぱり東京でもう少し頑張るか」と少し元気になったことを覚えています。
まだまだ新型コロナウィルスが猛威を振るう世界。久しぶりに自宅で『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を観ながら、僕は公開当時の自分の感情を思い出して、あれからずいぶんと歳を取った母親が心配になってしまいました。でも、首都圏に住む僕が、ほとんど感染者の出ていない地元に帰ると迷惑をかけてしまうかもしれない。途中、停止ボタンを押して母親に電話、「しばらく会えそうにないし、電話だけじゃ物足りないからZoomでもしてみる?」と提案するも「使い方がよくわからない」と却下されました。どうしたものかな……。
そして、今、僕は母親に手紙を書いています。
ボクが励まされたオカンの手紙や、僕が元気付けられた母親の手紙のように、届ける人を頭に浮かべながらゆっくり時間をかけて綴った手紙は、しばらくは会えない今だからこそ、きっと電話やZoomより気持ちを届けられるはず。『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を観終わり、そんな気がしたから。
字は汚いし、やっぱり照れくさいけど。
- 介護の中、夢を捨てずにいられたのは、あいつの「ただいま」が希望に向かわせてくれたから。映画『大脱走』
- 眠れない夜に私を救ってくれたのは、70年前の名作ミュージカル映画だった 『雨に唄えば』
- ままならない家族への感情……それでも確かに愛してる。『シング・ストリート 未来へのうた』で描く私の夢
- 嘘の中の紛れもない「リアル」。 いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』
- 「どんな自分も愛してあげよう」 肩の力を抜くことができた『HOMESTAY(ホームステイ)』
- 映画って、こんなに自由でいいんだ。そんなことを気づかせてくれた『はなればなれに』
- 日々の選択を、愛ある方へ。自分を大切にするための映画『パパが遺した物語』
- 大丈夫。あなたが私を忘れても、私があなたを思い出すから 『43年後のアイ・ラブ・ユー』
- どうしたら色気を醸し出せるのか!?核心を隠すことで見えてくる、エロティックな世界『江戸川乱歩の陰獣』
- 幸せになるには、まず「幸せに気づく」こと。こんな2020年を希望にかえて締めくくる『食堂かたつむり』
- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
- 号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
- 東京という大きな「生き物」が、 人生の岐路に立つ人を静かにつつんでくれる『珈琲時光』
- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
- 動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』
- 時代の寵児バンクシーの喜怒哀楽や煩悶を追体験!?観賞後スカッとするかしないかは自分次第… 『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 「帰省」を疑似体験。離れて暮らす父親の素っ気なくも確かな愛情『息子』
- 90分でパリの100年を駆け抜ける!物足りない“現在”を笑って肯定しよう!!『ミッドナイト・イン・パリ』
- 映画の物語よりも、そこに流れる「時間」に没入する 『ビフォア・サンセット』
- 慣れない「新しい生活」のなかでも、人生に思いきり「イエス!」と言おう!『イエスマン “YES”は人生のパスワード』
- 夢や希望、生きる意味を見失った時、再び立ち上がる力をくれた映画『ライムライト』
- 人の目ばかり気にする日々にさようなら。ありのままの自分が歩む、第二の人生。 『キッズ・リターン』
- 人に嫌われるのが怖くて、自分を隠してしまうことがあるけれど。素直になりたい『トランスアメリカ』
- 成功は、競争に勝つことではない。 「今を楽しむ」ことを、教えてくれた映画『きっと、うまくいく』
- それぞれの場所で頑張る人たちへ 「声をあげよう」と伝えたい。その声が、社会を変える力につながるから『わたしは、ダニエル・ブレイク』
- 僕が笑うのは、君を守るため。 笑顔はお守りになることを知った映画『君を忘れない』
- 心に留めておきたい、母との時間 『それでも恋するバルセロナ』
- 「今振り返っても、社会人生活で一番辛い日々でした」あのときの僕に“楽園”の見つけ方を教えてくれた映画『ザ・ビーチ』
- “今すぐ”でなくていい。 “いつか”「ここじゃないどこか」へ行くときのために。 『ゴーストワールド』
- 極上のお酒を求めて街歩き。まだ知らなかった魅惑の世界へ導いてくれた『夜は短し歩けよ乙女』
- マイナスの感情を含む挑戦のその先には、良い事が待っている。『舟を編む』
- 不安になるたび、傷つくたび 逃げ込んだ映画の中のパリ。 『猫が行方不明』
- いつもすぐにはうまくいかない。 自信がないときに寄り添ってくれる“甘酸っぱい母の味”『リトル・フォレスト冬・春』
- 大人になって新しい自分を知る。 だから挑戦はやめられない 『魔女の宅急便』
- ティーンエイジャーだった「あの頃」を呼び覚ます、ユーミン『冬の終わり』と映画『つぐみ』
- 振られ方に正解はあるのか!? 憧れの男から学ぶ、「かっこ悪くない」振られ方
- どうしようもない、でも諦めない中年が教えてくれた、情けない自分との別れ方。『俺はまだ本気出してないだけ』
- 母娘の葛藤を通して、あの頃を生き直させてくれた映画『レディ・バード』