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人生の舵は
自分が握っているのだ 『嗤う分身』
「明日、仕事を休みたくなる映画」とは、どんな映画でしょう? ここには2つの解釈があると思います。1つは、鑑賞後「明日くらい仕事にとらわれずに、自分のリフレッシュに充てよう。思うがままに生きるんだ!」と自分の人生に前向きな気分になるもの。もう1つは、「あかん……なんで働いてるのかわからなくなっちゃった。ちょっと休んで考えさせて」という日常や現状にやや後ろ向きな気分になるもの。ただ、どちらも共通して「自分の人生に“気づき”を与えてくれる」作品なのではないでしょうか。
その、前向きと後ろ向き、両方の要素を兼ね備えている映画があります。ジェシー・アイゼンバーグとミア・ワシコウスカが共演し、『サブマリン』(2010)のリチャード・アイオアディ監督がメガホンをとった『嗤う分身』(2014)です。この作品は、自分の映画人生の中で、間違いなく「心を救われた」1本です。
ただ、この『嗤う分身』は、決して優しかったり、愛らしかったり、ポジティブな要素に満ちているわけではありません。むしろその逆で、ドストエフスキーの小説『二重人格』を題材に、「仕事のスキルもコミュニケーション能力も、あらゆる面で優れている自分の“上位互換(仕事や特技など共通する部分が多いが、格上であること)”的な分身が現れたら、どうする?」という最悪のシチュエーションを描いた、ぞっとするような不条理劇です。
日陰の人生を歩いている会社員サイモン(ジェシー・アイゼンバーグ)は内気な性格で、仕事も上手くこなせず、ひそかに思いを寄せる同僚ハナ(ミア・ワシコウスカ)にも想いを伝えられないでいます。そんなある日、自分とうり二つのジェームズが職場にやってきます。しかし、彼の中身はサイモンと正反対。クレバーで人当たりがよく、デキる男のジェームズは、すぐに社内の人気者に。サイモンの人生は、次第にジェームズに侵食されていきますが……。
私は、今作を観て、のび太が、自分の影を切り取って使役できる「かげきりばさみ」という道具を使った結果、自分の影に取って代わられる恐怖を描いた『ドラえもん』の名エピソードのひとつ、『かげがり』を思い起こしました。自分の分身が、あっという間に自分のポジションを奪っていく…まさに悪夢ですよね。だけれど最後まで観ると、不思議な活力が胸の中に宿っているのです。例えるなら、劇薬のような効能を私は感じました。
本作が日本公開を迎えた2014年の秋、自分はひどい失恋をして、その傷が何か月も癒えない状態でした。新たな恋が始まりかけたと思ったらまた壊れて、仕事も手につかなくなってしまい、心身ともにボロボロになりながら渋谷をさまよっていた時、いまはなき映画館シネマライズの看板が目に入り込んできました。吸い込まれるように館内に入り、この映画を観て、日常に帰ってきた私は、なぜだか「生きよう」と思えました。
仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。自分の人生は、自分で取り返す――。全編を通して不遇な目に遭い続けるサイモンが最後に見せる強烈なカウンターパンチに、かけがえのない勇気をもらえたのです。
自らの“いま”を把握して、そのうえで肯定するのか、それとも否定するのか……ただ、どちらであっても自身が選択することであり、舵は他ならぬ自分が握っているのだということ。
1本の映画としても、奇抜で奇天烈でアーティ。レトロモダンな美術、歪なカメラワークにくすんだ色調、ジェシーの見事な一人二役に、ミアの神々しいまでの美しさ等々、他にはない魅力にあふれた『嗤う分身』はあれ以来ずっと僕にとって大切な映画です。
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- 仕事も休めばいい、恋もなんとだってなる。人生の舵は、自分が握っているのだ『嗤う分身』
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- 「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』
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- 狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』
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